大学の研究費配分システムの腐敗
大学の研究費配分システムは、表面的には公正で合理的に見える。しかし、その実態は既得権益の温床であり、真のイノベーションを阻害する構造的腐敗が蔓延している。
──── ピアレビューという名の談合
研究費申請の審査は「専門家による厳正な評価」として正当化されている。しかし、その実態は限られた専門家集団による相互利益の調整システムだ。
審査員は自分の研究領域に近い申請者を優遇し、競合する研究を排除する動機を持つ。匿名性は建前に過ぎず、実際には申請者の特定は容易だ。研究計画の文体、引用文献、所属機関から、誰の申請かはすぐに分かる。
結果として、「安全な研究」「既存の権威に挑戦しない研究」「審査員の利益に合致する研究」が優先的に採択される。
これは談合と本質的に変わらない。
──── 年功序列と派閥政治
日本の大学制度では、研究費の配分が露骨な年功序列に支配されている。
若手研究者向けの「若手研究」制度があっても、実質的には指導教官の影響力が決定的だ。有力な教授の推薦がない限り、優秀な若手でも資金を獲得することは困難だ。
さらに深刻なのは派閥政治の影響だ。同じ大学院の出身者、同じ学会の主流派、同じ研究手法を用いる集団が互いに利益を供与し合う構造が完成している。
異端の研究者、既存のパラダイムに挑戦する研究者、人脈のない優秀な研究者は、システム的に排除される。
──── 申請書作成の形骸化
研究費申請書の作成は、もはや研究計画の説明ではなく、審査員を満足させるための政治的文書の作成になっている。
「社会的意義」「国際競争力」「イノベーション」といったバズワードを散りばめ、実現可能性の低い壮大な目標を掲げ、既存研究への適度な言及で権威への敬意を示す。
真に革新的な研究ほど、この形式に適合させることが困難だ。パラダイムを変革する研究は、既存の評価軸では測れないからだ。
結果として、申請書の作成能力と研究能力が分離し、「申請のプロ」と「研究のアマチュア」が資金を独占する構造が生まれている。
──── 間接経費という合法的搾取
研究費の30%程度が「間接経費」として大学に徴収される制度は、研究者からの合法的搾取だ。
この資金の使途は不透明で、実際の研究支援にどの程度使われているかは疑問だ。多くの場合、大学の一般管理費や施設維持費に流用されている。
研究者が苦労して獲得した資金の3割が、研究と無関係な目的に使われる。これは研究効率を大幅に低下させる構造的問題だ。
しかも、間接経費の配分についても研究者には発言権がない。資金提供者でありながら、その使途を決定できない異常な状況だ。
──── 短期成果主義の罠
現在の研究費制度は、1-3年という短期間での成果を要求する。しかし、真に価値のある研究は、多くの場合10年以上の長期にわたる地道な積み重ねを必要とする。
この短期成果主義は、研究者を「確実に結果が出る安全な研究」に誘導する。リスクの高い挑戦的研究、基礎研究、長期的視点を要する研究は敬遠される。
さらに、年度末の予算消化圧力は、無駄な機器購入や意味のない学会発表を生み出している。研究の質よりも予算執行率が重視される本末転倒が常態化している。
──── 評価指標の歪み
研究の評価が論文数、引用回数、インパクトファクターといった定量指標に偏重している。
これらの指標は操作可能であり、実際に「論文の分割投稿」「相互引用の談合」「インパクトファクター稼ぎのための共著」などの歪んだ行動を誘発している。
本来の研究目的である「真理の探求」や「社会への貢献」は、測定困難という理由で軽視される。測定しやすい指標が測定すべき価値を駆逐する典型例だ。
──── 国際比較からの教訓
アメリカの研究費配分システムも完璧ではないが、日本との決定的な違いがある。
アメリカでは複数の資金源(NSF、NIH、DOD、民間財団など)が競合しており、一つのシステムに依存するリスクが分散されている。また、プログラムオフィサーという専門職が存在し、研究者とは独立した立場から評価を行う。
ヨーロッパでは、ERCのように「リスクの高い挑戦的研究」を明確に支援するプログラムがある。日本の「安全志向」とは対照的だ。
日本のシステムは、これらの国際的なベストプラクティスから大きく乖離している。
──── 改革への障壁
この問題の根深さは、既得権益者が改革の決定権を握っていることにある。
現在の制度で利益を得ている研究者たちが、制度の変更を決定する立場にいる。彼らにとって、現状維持が最も合理的な選択だ。
さらに、日本の大学制度は変化に対する抵抗が強い。「伝統」「慣例」「安定性」が変革よりも重視される文化的背景がある。
外部からの圧力(国際競争の激化、社会からの批判)が一定の閾値を超えない限り、内発的な改革は期待できない。
──── 個人レベルでの対処法
このシステムの中で研究者が生き残るためには、残念ながらゲームのルールを理解し、それに適応するしかない。
しかし、完全に妥協する必要はない。申請書の政治的側面を理解しつつ、可能な範囲で真の研究目標を追求する。複数の資金源を確保してリスクを分散する。国際的なネットワークを構築して日本の制度への依存度を下げる。
そして何より重要なのは、この構造的問題を認識し、機会があれば改革に向けた行動を取ることだ。
──── 制度設計の根本的見直し
抜本的な改革には、以下の要素が必要だ。
評価者の利益相反を厳格に排除する仕組み、多様な評価軸と評価者の導入、長期研究を支援するプログラムの拡充、間接経費の透明化と研究者による使途決定権の確保、若手研究者の独立性を保障する制度設計。
これらは技術的には実現可能だ。問題は政治的意志の欠如にある。
──── 社会全体への影響
大学の研究費配分システムの腐敗は、学術界の問題に留まらない。
科学技術立国を標榜する日本にとって、研究力の低下は国家の競争力に直結する。また、税金を原資とする研究費の非効率な配分は、社会全体の損失だ。
さらに、若手研究者の離脱、優秀な人材の海外流出、基礎研究の空洞化といった長期的な悪影響も深刻だ。
この問題の解決は、日本の未来にとって喫緊の課題と言える。
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大学の研究費配分システムは、表面的な公正性の陰で深刻な構造的腐敗を抱えている。この現実を直視し、根本的な改革に向けた議論を始める時期が来ている。
科学の発展と社会の進歩のためには、真に公正で効率的な研究費配分システムの構築が不可欠だ。
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※本記事は特定の個人・機関を批判するものではありません。システム全体の構造的問題の分析を目的としており、個人的経験と観察に基づいています。