稟議書という意思決定遅延装置
稟議書は意思決定のためのツールではない。意思決定を遅延させるための装置だ。これが日本の組織における稟議制度の本質的機能である。
──── 稟議制度の表向きの建前
「関係部署の合意形成」「リスクの事前検証」「意思決定の透明性確保」。稟議制度の存在理由として語られるのは、こうした美しい理念だ。
しかし実際の稟議書を見れば、その建前と現実の乖離は明らかになる。
多くの稟議書は、既に決定された事項の事後承認か、決定を避けるための時間稼ぎのどちらかだ。真の意思決定が稟議書を通じて行われることは稀である。
──── 遅延こそが目的
稟議制度の真の機能は、意思決定の遅延による組織防御にある。
迅速な意思決定はリスクを伴う。間違いの可能性があり、責任の所在が明確になる。一方、遅延された意思決定は「慎重な検討の結果」として正当化される。
稟議書が複数部署を回覧される過程で、時間が経過する。その間に状況が変化し、元々の提案が自然消滅することもある。これは組織にとって都合の良い結果だ。
積極的に反対する必要もなく、単に時間をかけるだけで不都合な提案を無力化できる。
──── 責任の分散と希釈
稟議制度のもう一つの機能は、責任の分散と希釈だ。
複数の印鑑が押された稟議書には、誰も真の責任を負わない。全員が関与しているため、誰も決定的な責任者ではない。
この構造は、個人の責任を回避したい組織メンバーにとって理想的だ。何らかの問題が生じても「私一人で決めたことではない」「皆で検討した結果だった」と言い訳できる。
──── 形式主義の完成形
稟議書は形式主義の完成形でもある。
内容よりも形式が重視される。適切な書式、必要な印鑑、正しい回覧順序。これらの形式的要件を満たしていれば、内容の妥当性は二の次になる。
逆に、どんなに合理的な提案でも、形式に不備があれば差し戻される。この形式主義は、実質的な検討を避けるための口実として機能する。
──── 検討という名の先送り
「検討します」は日本の組織における万能薬だ。稟議制度は、この「検討」を制度化したものと言える。
検討中である限り、組織は何も決定する必要がない。検討期間に明確な期限もない。必要に応じて追加検討、再検討、継続検討が可能だ。
検討の結果として「現時点では時期尚早」「更なる検討が必要」という結論に至ることも多い。これは実質的な却下だが、却下したという責任は負わない。
──── 上司への忖度システム
稟議制度は、組織階層における忖度システムとしても機能している。
部下は上司の反応を予測して稟議書を作成する。上司が承認しそうな内容に調整し、反対しそうな要素は削除する。
結果として、稟議書は現実的な提案ではなく、上司に都合の良い虚構になる。真に必要な意思決定は、稟議制度の外で行われることになる。
──── イノベーションの阻害装置
稟議制度は、イノベーションを阻害する装置としても機能する。
革新的なアイデアは、既存の枠組みに収まらない。しかし稟議書は既存の書式と承認プロセスに従う必要がある。
新しいアイデアを古い形式に押し込めば、その革新性は失われる。また、リスクを回避したい承認者たちによって、無難な内容に修正される。
結果として、稟議を通った提案は平凡で保守的なものばかりになる。
──── 外資系企業との対比
外資系企業では、意思決定の責任者が明確だ。CEOなり事業部長なりが、個人の判断で決定を下す。
この方式では、間違いのリスクもあるが、迅速性と明確性がある。責任の所在も明らかだ。
一方、日本の稟議制度では、誰も決定的な責任を負わない代わりに、誰も迅速な決定を下せない。
この差は、国際競争における日本企業の劣勢の一因となっている。
──── 公的部門での極端化
稟議制度の問題は、公的部門でより極端に現れる。
民間企業では、最終的に業績という現実によって意思決定が評価される。しかし公的部門では、そうした外部評価が希薄だ。
結果として、形式的手続きの遵守が自己目的化する。稟議制度は意思決定のためではなく、手続きの正当性を担保するためだけに機能する。
──── デジタル化による偽装
近年、稟議制度のデジタル化が進んでいる。電子稟議システムの導入により、効率化が図られているとされる。
しかし実際には、紙の稟議書をデジタルに置き換えただけで、本質的な問題は解決されていない。
むしろ、デジタル化により稟議制度が正当化され、その問題性が見えにくくなっている面もある。
──── 個人レベルでの対処法
この制度的制約の中で、個人がとれる対処法は限られている。
しかし、稟議制度の本質を理解していれば、無駄な努力を避けることができる。真の意思決定は稟議書の外で行われていることを認識し、そちらに注力する。
また、稟議制度を逆に利用することも可能だ。反対したい提案があれば、形式的な不備を指摘して差し戻すことができる。
──── 制度改革の困難性
稟議制度の問題は多くの人が認識している。しかし、制度改革は容易ではない。
なぜなら、稟議制度は組織メンバーの責任回避欲求に合致しているからだ。表向きは批判しながらも、実際にはこの制度に依存している。
真の改革には、責任を負う覚悟を持ったリーダーシップが必要だが、そうしたリーダーは稟議制度の中では育ちにくい。
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稟議書は日本の組織文化の縮図だ。集団主義、責任回避、形式主義、これらすべてが一つの制度に凝縮されている。
この制度が変わらない限り、日本の組織における意思決定の質は改善されない。しかし、制度を変えるための意思決定もまた、稟議制度に委ねられるという皮肉な状況がある。
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※本記事は特定の企業・組織を批判するものではありません。制度的課題の構造分析を目的としており、個人的見解に基づいています。