日本の原発政策の不合理性
日本の原発政策は、合理的分析よりも政治的思惑が優先された結果、深刻な不整合を抱えている。福島第一原発事故から13年以上が経過した今でも、この構造的問題は解決されていない。
──── 経済合理性の欠如
原発の建設・維持コストは、当初の想定を大幅に上回っている。
福島第一原発の廃炉費用だけで21.5兆円、全国の原発の安全対策費は5兆円を超える。これに廃棄物処理、使用済み核燃料の管理、事故時の賠償費用を加算すると、原発の真の発電コストは他の発電方式を大きく上回る。
一方で、太陽光発電のコストは過去10年で85%減少し、既に原発より安価になっている。風力発電も同様の傾向を示している。
にもかかわらず、政府は「ベースロード電源」という概念で原発の必要性を主張し続けている。しかし、技術進歩により蓄電池コストも急速に低下しており、再生可能エネルギーの不安定性という従来の論点も説得力を失いつつある。
──── 地震リスクの軽視
日本は世界有数の地震国であり、原発立地には根本的に不適切だ。
政府の地震調査研究推進本部によると、今後30年以内にマグニチュード8-9クラスの地震が発生する確率は、南海トラフで70-80%、首都直下で70%とされている。
福島第一原発事故は、「想定外」の津波が原因とされているが、実際には地震による配管破損が事故の主因だった可能性が指摘されている。
現在稼働中の原発も、最新の地震学的知見に基づいた十分な安全評価を受けているとは言い難い。特に活断層の評価については、電力会社と規制当局の間で見解の相違が続いている。
──── 廃棄物処理の破綻
高レベル放射性廃棄物の最終処分場は、事実上の破綻状態にある。
政府は全国の自治体に対して処分場候補地への応募を呼びかけているが、応募した自治体は北海道の2町村のみ。しかも、これらの自治体でも住民の強い反対により、実現の見通しは立っていない。
使用済み核燃料の再処理についても、青森県六ヶ所村の再処理工場は建設開始から30年以上経過しても稼働していない。建設費は当初の7600億円から14兆円に膨れ上がっている。
この状況で原発を稼働し続けることは、将来世代に解決不可能な負債を残すことを意味する。
──── 避難計画の非現実性
原発周辺自治体の避難計画は、実効性に深刻な疑問がある。
避難対象人口、避難手段、避難先の確保、要援護者への対応、いずれも現実的な検証が不十分だ。特に、30km圏内に100万人以上が住む関西電力の原発群では、現実的な避難は不可能に近い。
福島第一原発事故では、政府の避難指示が混乱し、多くの住民がより放射線量の高い地域に避難する事態が発生した。この教訓が現在の避難計画にどの程度反映されているかも疑問だ。
──── 規制機関の独立性
原子力規制委員会の独立性にも構造的問題がある。
委員の人事は内閣府が行い、予算も政府が決定する。また、委員の多くは原子力業界や関連学会出身者で占められており、真の意味での独立性には疑問がある。
諸外国では、規制機関が電力会社に対して厳格な姿勢を取り、安全基準を満たさない原発の運転停止を命じる例が多い。しかし、日本では規制と業界の癒着が続いており、厳格な規制が行われているとは言い難い。
──── エネルギー安全保障論の欺瞞
政府は原発を「エネルギー安全保障」の観点から正当化しているが、これも論理的でない。
ウランの輸入依存度は100%であり、石油・天然ガスと同様に海外依存だ。むしろ、ウラン供給国は石油産出国より限られており、供給リスクは高い。
一方、太陽光・風力などの再生可能エネルギーは真の意味でのエネルギー自給を可能にする。技術的課題は残るものの、長期的なエネルギー安全保障の観点では、再生可能エネルギーへの転換が合理的だ。
──── 既得権益の温存
原発政策が継続される真の理由は、巨大な既得権益構造の温存にある。
電力会社、原発メーカー、建設会社、研究機関、規制機関、これらが形成する「原子力ムラ」は、数十兆円規模の利権構造を持っている。
原発を廃止すれば、これらの組織は存在意義を失う。そのため、合理的でない政策であっても、政治的圧力によって継続される。
この構造は、戦時中の「国体護持」論理と類似している。本来の目的(国民の安全と福祉)よりも、システム自体の維持が優先される。
──── 国際的孤立
世界的には脱原発の流れが加速している。
ドイツは2023年に全原発を廃止し、フランスも新規建設を大幅に削減している。アメリカでも経済性の問題から原発の閉鎖が相次いでいる。
一方で、中国やインドなどは原発建設を続けているが、これらの国の安全基準や技術水準は先進国とは大きく異なる。
日本が原発政策を継続することで、技術輸出や国際協力の面で孤立するリスクがある。むしろ、再生可能エネルギー技術の分野で国際的リーダーシップを取る方が、長期的な国益に適う。
──── 代替シナリオの可能性
原発に依存しないエネルギー政策は十分実現可能だ。
再生可能エネルギーの技術進歩、省エネ技術の発達、スマートグリッドの普及により、原発なしでも電力供給の安定性は確保できる。
ドイツの事例では、再生可能エネルギー比率が50%を超えても、停電時間は日本より短い。適切な政策と投資により、原発依存からの脱却は可能だ。
──── 民主的決定プロセスの欠如
最も深刻な問題は、原発政策が民主的な決定プロセスを経ていないことだ。
福島事故後の世論調査では、一貫して脱原発支持が多数を占めている。しかし、政府は民意を無視して原発再稼働を推進している。
この政策決定プロセスの非民主性は、日本の政治システム全体の問題を象徴している。重要な政策が専門家集団と既得権益によって決定され、国民の意思が反映されない構造は、民主主義の根幹を揺るがす。
──── 個人レベルでの対処
個人レベルでできることは限られているが、少なくとも正確な情報を収集し、合理的な判断を行うことは重要だ。
政府や電力会社の発表する情報を鵜呑みにせず、独立した研究機関や海外の情報源も参考にすべきだ。
また、選挙での投票行動を通じて、エネルギー政策の変更を求めることも可能だ。地方自治体レベルでは、再生可能エネルギーへの転換を支持する首長や議員を選ぶこともできる。
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日本の原発政策は、科学的根拠よりも政治的思惑が優先された結果、深刻な不合理性を抱えている。
福島事故から13年が経過した今、この政策の根本的見直しが急務だ。既得権益の温存のために国民の安全と将来世代の利益を犠牲にする政策は、もはや持続不可能だ。
合理的で民主的なエネルギー政策への転換が、日本の未来にとって不可欠である。
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※本記事は特定の政治勢力を支持するものではありません。政策の構造分析を目的とした個人的見解です。