天幻才知

日本のエネルギー政策の矛盾と利権

日本のエネルギー政策は、表向きは「脱炭素」を掲げながら、実際は既存の利権構造を温存するための巧妙な欺瞞に満ちている。この矛盾の構造を解剖することで、なぜ日本のエネルギー転換が他国に比べて遅れているのかが見えてくる。

──── 「脱炭素」という便利な看板

2020年、菅政権が「2050年カーボンニュートラル」を宣言した。しかし、この目標は現実的な実行計画を伴わない、単なる政治的パフォーマンスに過ぎない。

問題は目標そのものではなく、その達成手段だ。日本政府は脱炭素の名の下に、原発の再稼働と新設を正当化している。

「CO2を出さない原発はクリーンエネルギー」という論理は、放射性廃棄物の問題を意図的に無視している。10万年の管理が必要な核廃棄物を「クリーン」と呼ぶのは、言語の冒涜以外の何物でもない。

──── 電力会社の延命装置

福島第一原発事故後、電力会社の経営は危機に陥った。廃炉費用、賠償金、安全対策費用が経営を圧迫している。

しかし、政府は東京電力を破綻処理することなく、国民負担による救済を選択した。これは「大きすぎて潰せない」企業の典型例だが、その結果として電力会社のモラルハザードを招いている。

再生可能エネルギーの普及は、既存の電力会社にとって脅威だ。分散型エネルギーシステムは、彼らの独占的地位を根底から覆す可能性がある。

したがって、電力会社は表向きは再エネ推進を支持しながら、実際は様々な手段でその普及を阻害している。

──── 官僚機構の自己保存

経済産業省の資源エネルギー庁は、原子力政策の推進機関として機能してきた。福島事故後も、この基本姿勢は変わっていない。

官僚にとって政策の大転換は、自らの専門性と存在意義の否定を意味する。原子力工学の専門家たちが、突然太陽光パネルの専門家になることはできない。

また、電力業界と官僚機構の間には密接な人事交流がある。いわゆる「天下り」システムが、政策の客観性を損なっている。

彼らにとって、現状維持こそが最も合理的な選択なのだ。

──── 政治家の票田事情

原発立地自治体にとって、原発は重要な収入源だ。固定資産税、雇用、関連産業、これらすべてが原発に依存している。

したがって、立地自治体選出の政治家は、原発推進派になることが事実上義務付けられている。彼らにとって脱原発は、地元経済の破綻を意味する。

一方で、大都市部の政治家は脱原発を掲げることで票を集められる。しかし、実際の政策決定において、彼らの発言力は限定的だ。

この構造的対立により、エネルギー政策は常に政治的妥協の産物となり、技術的合理性が軽視される。

──── 再エネ潰しの巧妙な手口

日本の再生可能エネルギー普及率は、先進国中最低水準だ。これは単なる技術的制約ではなく、意図的な政策的阻害の結果だ。

固定価格買取制度(FIT)は、表向きは再エネ推進政策だが、実際は既存電力会社の利益を保護するための制度として設計されている。

送電網への接続拒否、出力制御の頻発、系統安定化を理由とした再エネ規制、これらはすべて既存電力会社の既得権益を守るための手段だ。

「技術的理由」「安定供給のため」という大義名分の下で、実際は競合排除が行われている。

──── 核燃料サイクルという壮大な無駄

日本の原子力政策の中でも、核燃料サイクル計画は最も非合理的な政策の典型例だ。

高速増殖炉「もんじゅ」は、1兆円以上の費用をかけて、ほとんど稼働することなく廃炉が決定された。六ヶ所再処理工場は、完成予定を20回以上延期し、費用は当初計画の10倍以上に膨れ上がっている。

技術的成功の見込みがないことは、関係者も理解している。それでも計画が続行されるのは、計画の中止が過去の投資の無駄を認めることになるからだ。

これは典型的な「サンクコスト」の罠だが、その規模があまりにも巨大すぎて、誰も責任を取れない状態になっている。

──── 国際競争からの脱落

日本がエネルギー転換に躊躇している間に、世界のエネルギー産業は急速に変化している。

太陽光パネル市場では中国企業が圧倒的シェアを握り、風力発電では欧州企業が技術的優位を確立している。電気自動車や蓄電池の分野でも、日本企業は後塵を拝している。

「日本の技術力」への過信が、現実認識を歪めている。過去の成功体験に縛られ、新しい技術パラダイムへの適応が遅れている。

この間に、日本は次世代エネルギー産業の主導権を完全に失った。

──── 国民負担の実態

エネルギー政策の混乱による負担は、最終的に国民が負うことになる。

原発の廃炉費用、核廃棄物の処理費用、事故処理費用、これらの総額は数十兆円規模に上る。しかし、これらの費用の全貌は国民に明確に示されていない。

電気料金への上乗せ、税金による負担、将来世代への負債転嫁、様々な手法で費用の実態が隠蔽されている。

「安価な原子力」という神話は、これらの隠れたコストを無視した虚構に過ぎない。

──── 既得権益 vs 国民利益

日本のエネルギー政策の根本的問題は、既得権益の保護が国民利益よりも優先されていることだ。

電力会社の経営安定、官僚機構の権限維持、政治家の票田確保、これらの利益が複雑に絡み合い、合理的政策決定を阻害している。

国民は高い電気料金を払い続け、エネルギー安全保障のリスクを負い続け、将来世代は核廃棄物の負担を押し付けられる。

この構造は、民主主義の根本的欠陥を露呈している。

──── 転換への道筋

この状況を打開するには、根本的な構造改革が必要だ。

電力市場の完全自由化、送配電の分離、電力会社の破綻処理、官僚機構の再編、政治献金の規制強化。これらすべてが同時に実行されなければ、真の変化は起こらない。

しかし、既得権益を持つ勢力は、あらゆる手段を使って現状維持を図るだろう。彼らにとって、改革は生存を脅かす脅威だからだ。

変化は外圧によってもたらされる可能性が高い。気候変動対策の国際的圧力、エネルギー技術の革新的進歩、経済的競争力の低下、これらの要因が複合的に作用したとき、ようやく政策転換が起こるかもしれない。

──── 個人レベルでの対処

構造的問題に対して個人ができることは限られているが、少なくとも現実を正確に認識することは重要だ。

「国策」という名の既得権益保護、「安全神話」の復活、「技術立国」への盲信、これらの虚構に惑わされてはいけない。

エネルギー政策は、技術的問題である以前に政治的利権の問題だ。この認識なしに、日本のエネルギー政策の迷走を理解することはできない。

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日本のエネルギー政策は、合理性よりも既得権益を優先した結果、国際競争力を失い、国民負担を増大させている。

この構造を変えるには、電力業界、官僚機構、政治システムの根本的改革が必要だが、既得権益の抵抗は強い。

真の変化は、外圧と危機によってもたらされる可能性が高い。その時まで、国民は高いツケを払い続けることになる。

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※本記事は現行政策への批判的分析であり、特定の政治的立場を推奨するものではありません。個人的見解に基づいています。

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