日本の農業政策が失敗し続ける理由
日本の農業政策は戦後一貫して「保護」を基調としてきた。しかし、70年以上の保護の結果として得られたのは、競争力の低下、高齢化の進行、そして慢性的な担い手不足だった。この失敗には構造的な理由がある。
──── 票田としての農村
日本の農業政策が失敗し続ける最大の理由は、政治的な利害関係にある。
農村部は長らく自民党の重要な票田だった。一票の格差により、農村部の政治的影響力は都市部を上回っていた。この構造が、経済合理性よりも政治的配慮を優先する政策を生み続けた。
「農業を守る」という大義名分の下で、実際には「農村票を守る」政策が継続された。農業の競争力向上よりも、既存農家の現状維持が優先されたのである。
結果として、根本的な構造改革は先送りされ続けた。
──── 農協という既得権益システム
全国農業協同組合連合会(JA全農)を頂点とする農協システムは、農業政策の失敗を象徴する存在だ。
農協は本来、農家の利益を代表する組織のはずだった。しかし現実には、組織の存続そのものが目的化した巨大な既得権益システムとなった。
農協の主な収益源は、農家への資材販売と農産物の買い取りだが、この構造には根本的な利益相反がある。農協は農家の生産コストを下げるよりも、自社の利益を優先するインセンティブを持っている。
さらに、農協は政治的ロビー活動を通じて、自らに有利な政策を維持し続けてきた。競争を制限し、既存システムを温存する政策が「農業保護」として正当化されてきた。
──── 補助金依存の罠
日本の農業は補助金なしには成り立たない構造になっている。
しかし、補助金は競争力の向上ではなく、既存の非効率な構造の温存に使われてきた。補助金を受け取ることで短期的な経営は維持できるが、長期的な競争力の向上には繋がらない。
むしろ補助金依存は、農家の自立性を奪い、市場メカニズムから隔離することで、競争力の低下を加速させた。
「保護すればするほど弱くなる」という逆説的な結果を生み出している。
──── 規模拡大への構造的阻害
日本農業の生産性向上には規模拡大が不可欠だが、現行制度はこれを阻害している。
農地法による転用規制、農業委員会による許可制度、相続税の特例措置、これらすべてが小規模農地の細分化を促進し、効率的な大規模農業の実現を妨げている。
諸外国では数百ヘクタール規模の農業経営が当たり前だが、日本の平均経営規模は2ヘクタール程度に留まっている。この規模差が決定的な競争力格差を生んでいる。
──── 世代交代の失敗
農業の担い手不足は、単なる人口減少の結果ではない。
現行の農業政策が、若い世代にとって魅力的な産業を作り上げることに失敗した結果だ。補助金依存の低収益構造、非効率な流通システム、革新への阻害要因、これらすべてが新規参入を困難にしている。
「儲からない」「将来性がない」「規制が多い」という三重苦が、優秀な人材を農業から遠ざけている。
結果として高齢化が進行し、技術革新や経営革新のスピードが遅れている。
──── 国際競争への無関心
日本の農業政策は、国際競争という現実を長期間無視してきた。
高い関税による保護、輸入規制、国内価格維持政策、これらによって国内農業は国際競争から隔離された。しかし、グローバル化の進展により、この隔離政策の維持は不可能になりつつある。
TPPやEPAといった貿易協定により、段階的な市場開放が避けられない状況だが、競争力の向上策は後手に回っている。
「いきなり競争に晒される」という最悪のシナリオに向かっている。
──── 技術革新への遅れ
農業分野での技術革新は世界的に加速している。
ドローンによる農薬散布、GPSを活用した精密農業、AIによる病害虫診断、自動運転トラクター、これらの技術によって生産性は飛躍的に向上している。
しかし、日本の農業政策は依然として「人手による伝統的農業」の保護に重点を置いている。技術革新に対する投資や支援は限定的で、諸外国に大きく遅れを取っている。
──── 流通システムの非効率
農協系統による流通システムは、多重な中間マージンによって生産者価格を押し下げ、消費者価格を押し上げている。
生産者が受け取る価格は小売価格の3分の1程度で、残りは流通マージンとして消費される。この構造は生産者の収益性を悪化させ、消費者の負担を増加させる。
効率的な流通システムの構築が急務だが、既存の流通業者の抵抗により改革は進んでいない。
──── 食料安全保障という虚構
「食料安全保障」は農業保護政策の重要な根拠として使われてきた。
しかし、現実の食料自給率は約40%で、主要な穀物の多くを輸入に依存している。現行の農業政策が食料安全保障に寄与しているとは言い難い。
むしろ非効率な国内生産の維持により、食料調達コストが上昇し、国民の食料アクセスが悪化している側面もある。
真の食料安全保障には、効率的な国内生産と安定的な輸入ルートの確保の両方が必要だ。
──── 改革への道筋
これらの構造的問題を解決するには、根本的な政策転換が必要だ。
農地の流動化促進、農協改革の断行、補助金制度の抜本的見直し、技術革新への重点投資、流通システムの効率化、新規参入の促進。
しかし、これらの改革はすべて既得権益との衝突を伴う。政治的な困難は大きいが、改革の先送りは問題をより深刻化させるだけだ。
──── 時間の制約
日本農業に残された時間は多くない。
高齢化、担い手不足、国際競争の激化、これらの課題は待ったなしで進行している。「いずれ改革する」という悠長な姿勢では、改革の機会そのものを失う可能性がある。
改革に伴う痛みを恐れて現状維持を選択すれば、より大きな痛みが待っている。
──── 個人への示唆
この構造的失敗から学べることは多い。
既得権益による改革阻止、短期的利害の優先、競争回避による競争力低下、補助金依存による自立性の喪失、これらはあらゆる分野で見られる現象だ。
個人レベルでも、「保護」に安住することの危険性を認識し、継続的な競争力向上を心がけることが重要だ。
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日本の農業政策の失敗は、政策設計の問題というより、政治システムの構造的問題に起因している。
根本的な解決には、農業政策だけでなく、政治制度そのものの改革が必要かもしれない。しかし、その改革もまた既得権益との闘いになる。
問題の認識から改革の実行まで、すべてにおいて既得権益システムとの対峙が避けられない。これが日本の農業政策改革が困難な根本的理由である。
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※本記事は農業政策の構造分析を目的としており、特定の政治的立場や組織を攻撃する意図はありません。個人的見解に基づいています。