D&I推進という表面的多様性政策
現代企業のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)推進は、真の多様性実現ではなく、対外的イメージ向上のための表面的な取り組みに堕している。美しいスローガンの裏で、既存の権力構造は温存され、本質的な変革は回避されている。
──── 数値目標という免罪符
多くの企業がD&I推進の成果を「女性管理職比率○%達成」「外国人採用○名増加」といった数値で示している。
しかし、これらの数値は組織の多様性を測る指標にはなっても、インクルージョン(包摂性)の実現度は測れない。
女性管理職が増えても、その女性たちが意思決定プロセスで実質的な発言力を持っているかは別問題だ。
数値目標の達成に注力するあまり、「なぜ多様性が必要なのか」という本質的議論が置き去りにされている。
──── トークン化された多様性
D&I推進において、マイノリティは「多様性の象徴」として機能的に配置される場合が多い。
会議に必ず女性を一人含める、広報材料に外国人社員を登場させる、LGBTQフレンドリー企業であることをアピールする。
これらの取り組みは、マイノリティを「装飾品」として扱うものであり、彼らの実質的な権限や発言力の向上には寄与しない。
「見た目の多様性」は達成されるが、「権力の多様性」は実現されない。
──── 既存権力構造の温存
真のD&I推進には、既存の権力構造の見直しが不可欠だ。
しかし、多くの企業では経営陣や上級管理職の構成は変わらず、意思決定プロセスも従来通りのまま、表面的な施策のみが実行される。
「多様性推進室」や「D&I委員会」を設置しても、それらの部署に実質的な権限が与えられることは稀だ。
既存の権力者にとって都合の良い範囲での「多様性」のみが許容されている。
──── アンコンシャス・バイアス研修という欺瞞
多くの企業が実施する「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)研修」は、個人の意識変革に焦点を当てている。
しかし、組織の構造的差別や制度的障壁には言及せず、問題を個人レベルに矮小化している。
数時間の研修で根深い偏見が解消されるという前提自体が非現実的であり、むしろ「研修を受けたから偏見はない」という新たな思い込みを生み出している。
構造的問題を個人の意識問題にすり替える巧妙な責任転嫁だ。
──── メリトクラシーという隠れ蓑
「能力主義」(メリトクラシー)の名の下に、既存の評価制度や昇進システムが正当化される。
しかし、「能力」の定義や評価基準自体が、マジョリティの価値観や行動様式に偏っている場合が多い。
コミュニケーション能力、リーダーシップスタイル、働き方の価値観など、すべてが既存の企業文化に適合する人材を「優秀」とする仕組みになっている。
「公正な競争」という建前で、実際には不公正な競争環境が維持されている。
──── 多様性の商品化
D&Iは企業のブランディング戦略の一部として位置づけられ、「商品」として扱われている。
採用広告、CSRレポート、投資家向け説明会などで「多様性に配慮した先進企業」としてアピールする材料として活用される。
この商品化により、D&Iの本来の目的である「すべての人が能力を発揮できる組織作り」が二次的になってしまう。
「多様性」が目的ではなく手段として扱われ、本末転倒の状況が生まれている。
──── パフォーマティブ・アクティビズム
企業のD&I推進の多くは、実質的な変革よりも「やっている感」の演出に重点が置かれている。
プライド月間にレインボーフラグを掲げる、国際女性デーにイベントを開催する、多様性に関するメッセージを発信する。
これらの象徴的行為は目に見えやすいが、日常的な業務プロセスや人事制度の変革は進まない。
「見える化」された取り組みが注目される一方で、「見えない」制度的障壁は放置されている。
──── 逆差別への恐怖
D&I推進に対する組織内の抵抗として、「逆差別」への懸念がよく挙げられる。
「女性や外国人が優遇されて、日本人男性が不利になるのではないか」という不安が、変革への抵抗理由として使われる。
しかし、これは既存の特権を「当然の権利」と認識している現れであり、公正な競争環境の構築を阻害する口実になっている。
「逆差別」を恐れるあまり、現在の差別的構造を是正する努力が回避されている。
──── エリート女性の利用
企業のD&I推進では、しばしば高学歴・高スキルの女性が「成功例」として前面に押し出される。
しかし、これらのエリート女性の成功を一般化し、「機会は平等に提供されている」という論理を構築する。
一方で、子育て中の女性、介護責任を持つ女性、非正規雇用の女性など、より多くの制約を抱える女性の問題は軽視される。
「成功できる女性」の存在により、構造的問題の存在が覆い隠されている。
──── インクルージョンの欠如
ダイバーシティ(多様性)に注力するあまり、インクルージョン(包摂性)が軽視される企業が多い。
多様な人材を採用しても、彼らが組織に溶け込み、能力を発揮できる環境が整備されていない。
結果として、マイノリティの離職率が高止まりし、「多様な人材は定着しない」という偏見を再生産する悪循環に陥る。
「入口の多様性」だけでは意味がなく、「定着・活躍の多様性」が重要だ。
──── 管理職研修の形骸化
D&I推進の一環として実施される管理職向け研修の多くは、建前論に終始している。
「多様性は重要」「偏見をなくそう」といった一般論は語られるが、具体的なマネジメント手法や評価基準の変更には踏み込まない。
研修を受けた管理職も、実際の人事評価や業務指導においては従来の価値観に基づいて行動する。
研修の「受講実績」は残るが、行動変容は起こらない。
──── KPI設定の歪み
D&I推進のKPI(重要業績評価指標)として設定される指標の多くは、量的な側面に偏重している。
採用数、昇進数、研修受講者数など、測定しやすい数値が重視される一方で、職場の心理的安全性、帰属意識、エンゲージメントといった質的側面は軽視される。
結果として、「数字は改善したが、職場環境は変わらない」という状況が生まれる。
本質的な組織変革ではなく、数字の操作が目的化している。
──── 外部コンサルタントへの丸投げ
多くの企業がD&I推進を外部コンサルタントに委託し、自社の問題を他人事として扱っている。
コンサルタントは一般的なフレームワークや成功事例を提供するが、各社固有の組織文化や権力構造までは変革できない。
「専門家に任せたから大丈夫」という安心感を得るだけで、実際の組織変革は進まない。
問題の本質は組織内部にあるため、外部の力だけでは解決できない。
──── 短期的視点の限界
D&I推進の多くは、短期的な成果を求められる。
しかし、組織文化の変革や深層的な意識変革には長期間を要する。
四半期ごとの進捗報告や年度目標達成に追われるあまり、表面的で即効性のある施策のみが実行される。
根本的な問題解決には時間がかかることを理解せず、即効性を求める経営陣の期待との間にギャップが生じる。
──── 真の多様性への道筋
本質的なD&I推進のためには、以下の要素が不可欠だ。
権力構造の見直し、評価制度の変革、組織文化の変革、長期的視点の採用、全社員の意識変革。
これらは表面的な施策よりもはるかに困難で時間のかかる取り組みだが、避けて通ることはできない。
「やっている感」ではなく「やり遂げる覚悟」が求められている。
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現在の多くの企業におけるD&I推進は、真の多様性実現には程遠い表面的な取り組みに留まっている。
美しいスローガンと数値目標の達成に満足し、根本的な組織変革を回避している限り、多様性の恩恵を享受することはできない。
本気でD&Iを推進するなら、既存の権力構造や企業文化にメスを入れる覚悟が必要だ。それができない企業のD&I推進は、単なるパフォーマンスに過ぎない。
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※本記事は特定の企業を批判するものではありません。D&I推進の構造的問題を分析した個人的見解です。