天幻才知

デザイン思考という創造性の偽装

デザイン思考(Design Thinking)が企業研修やコンサルティングの現場で猛威を振るっている。しかし、この手法は創造性を体系化したものではない。創造性を模倣した偽装システムだ。

──── プロセス化された創造性の矛盾

デザイン思考の典型的なプロセスは「共感→問題定義→創造→プロトタイプ→テスト」の5段階だ。

この時点で既に矛盾している。真の創造性は予測不可能で、非線形で、時として破壊的だ。それを段階的なプロセスに押し込めた瞬間、創造性は死ぬ。

ワークショップで付箋を貼り、ブレインストーミングをし、決められた時間内でアイデアを出す。これらの行為は創造的に見えるが、実際は創造性のコスプレでしかない。

真の創造は、深夜の散歩中に突然訪れる閃きかもしれないし、数年間の試行錯誤の末に生まれる洞察かもしれない。スケジュール化できるものではない。

──── イノベーション劇場

多くの企業でデザイン思考ワークショップが開催されている。参加者はカラフルな付箋とマーカーを手に、「ユーザーの立場で考えよう」と言われる。

2日間のワークショップを終えると、参加者は「イノベーション」を体験したような気になる。しかし、そこで生まれたアイデアの大部分は既存の発想の焼き直しだ。

なぜなら、限られた時間と構造化されたプロセスの中では、既存の知識の組み合わせしか生まれないからだ。本当に革新的なアイデアは、既存の枠組みを破壊することから始まる。

デザイン思考は既存の枠組みを前提としたプロセスなので、本質的にイノベーションを阻害する。

──── コンサルタントの錬金術

デザイン思考の普及は、コンサルティング業界の利益と密接に関係している。

「創造性」という本来測定不可能で体系化困難なものを、パッケージ化して販売可能にしたのがデザイン思考だ。企業は「イノベーション能力の向上」という名目で高額な研修費を支払う。

コンサルタントにとって、これほど美味しいビジネスはない。効果の測定は困難で、失敗しても「プロセスが不十分だった」と言い訳できる。成功すれば手法の成果として宣伝できる。

実際の創造性は個人の資質や経験、環境、運など多くの要因に依存する。しかし、それでは商売にならない。だからプロセスに還元して販売する。

──── 組織的創造性の幻想

大企業がデザイン思考を導入する理由は、「組織的に創造性を管理したい」という願望にある。

しかし、創造性は本質的に個人的で予測不可能な現象だ。優秀な個人が適切な環境で長期間取り組んだ結果として現れる。

これを会議室でのワークショップで再現しようとするのは、オーケストラの演奏を口笛で再現しようとするようなものだ。形は似ているが、本質は全く異なる。

組織が本当に創造性を求めるなら、創造的な個人を雇い、彼らに自由と時間と資源を与えればいい。しかし、それは管理職にとって不安だ。だからプロセス化されたデザイン思考に飛びつく。

──── 真の創造性の特徴

本物の創造性は以下の特徴を持つ:

予測不可能性:いつ、どこで、どのように現れるか分からない 個人性:個人の経験、知識、感性に深く依存する 非効率性:多くの失敗と試行錯誤を含む 時間性:長期間の醸成期間を必要とする 破壊性:既存の常識や枠組みを破壊する

これらはすべて、管理社会にとって扱いにくい性質だ。だから、管理可能な偽物を作り出す必要があった。

──── 受け入れられる理由

なぜデザイン思考という偽装がこれほど広く受け入れられているのか。

第一に、「何もしない」という選択肢が組織には存在しないからだ。競合他社が「イノベーション施策」を実施していれば、自社も何かしなければならない。デザイン思考は手軽な解決策を提供する。

第二に、実際の創造性は測定が困難で、成果が保証されない。一方、デザイン思考は「プロセスを実行した」という実績を残せる。

第三に、参加者にとって心地よい体験だからだ。「創造的な仕事をしている」という満足感を与えながら、実際のリスクは最小限に抑えられる。

──── イノベーションへの悪影響

デザイン思考の普及は、長期的には真のイノベーションを阻害する可能性がある。

組織が偽装された創造性に満足してしまえば、本物の創造性への投資は減る。個人の資質や長期的な研究開発よりも、短期的なワークショップを選ぶようになる。

また、若い世代が「創造性とはこういうものだ」と誤解してしまうリスクもある。本来なら試行錯誤と長期間の取り組みが必要なところを、2日間のワークショップで解決できると思い込んでしまう。

──── 代替案の不在

では、組織は創造性をどう扱うべきか。

答えは単純だが困難だ。創造的な個人を見つけ、彼らに適切な環境と時間と資源を提供する。失敗を許容し、長期的な視点で成果を評価する。

しかし、これは管理職にとって不安だ。成果が保証されず、プロセスが可視化されず、短期的な説明責任を果たしにくい。

だから、より快適なデザイン思考を選ぶ。これは理解できる選択だが、イノベーションという観点では有害だ。

──── 本質への回帰

真の創造性は、システム化できない。個人の内的な過程であり、予測不可能で、時として破壊的だ。

それを受け入れることから始めるしかない。創造性を管理しようとするのではなく、創造性が現れやすい環境を整える。プロセスを標準化するのではなく、多様なアプローチを許容する。

デザイン思考という名の偽装システムに頼るのではなく、創造性の本質と向き合う必要がある。それは不安で非効率で予測困難だが、それこそが創造性だ。

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デザイン思考は、創造性への憧れと管理への欲求が生み出した妥協の産物だ。しかし、妥協から真のイノベーションは生まれない。

私たちは快適な偽装を捨て、不快な真実と向き合う時期に来ている。

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※本記事は特定の手法を全否定するものではありません。しかし、その限界と本質を正しく理解することが重要だと考えています。

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