社内資格という意味のない称号システム
社内資格制度は、多くの企業で運用されている人材育成システムだが、その実態は業務能力とは無関係な称号ゲームと化している。時間とコストを浪費しながら、本質的なスキル向上を阻害する構造的問題を抱えている。
──── 実務能力との完全な乖離
「営業スペシャリスト」「ITエキスパート」「マネジメントプロフェッショナル」といった社内資格の保有者が、実際にその分野で優秀な成果を上げているとは限らない。
むしろ、資格取得に時間を割く余裕がある人間、つまり業務負荷の軽い人間が資格を取得する傾向がある。
本当に忙しく、実際に成果を上げている人間は、資格勉強をする時間がない。結果として、能力と資格が逆相関する現象が発生する。
──── 昇進条件という人質システム
多くの企業では、社内資格が昇進の必要条件とされている。
能力や実績に関係なく、資格がなければ管理職になれない。この制度により、優秀な実務者が昇進を阻まれ、資格マニアが上位職に就く倒錯が起きている。
さらに悪質なのは、この条件が後付けで追加されることだ。既に管理職として実績を上げている人間に対して、「来年度までに資格を取得してください」という要求が突然降ってくる。
──── 研修ビジネスの温床
社内資格制度は、外部研修会社にとって安定した収益源となっている。
内容の薄い研修を高額で販売し、形式的な試験で合格証を発行する。企業は「人材育成投資」として予算を確保し、研修会社は労せずして利益を得る。
従業員は業務時間を削って研修に参加し、実質的な能力向上は得られない。三者とも損をしているが、システムが継続される。
──── 暗記型評価の時代錯誤
多くの社内資格試験は、暗記中心の筆記試験だ。
「当社の経営理念を述べよ」「品質管理の手順を説明せよ」といった問題に正解することと、実際の業務遂行能力には何の関連もない。
現代の業務では、情報を記憶することよりも、必要な情報を適切に検索し、活用する能力が重要だ。しかし、社内資格はいまだに記憶力テストの域を出ない。
──── 階層化による分断統治
社内資格は往々にして階層構造を持つ。「ベーシック」「スタンダード」「エキスパート」といった段階的区分が設けられている。
これにより、従業員間に人工的な階層が生まれる。同じ業務を担当していても、資格レベルによって待遇や発言力に差が生じる。
実力主義を標榜しながら、実際は資格主義による身分制度を構築している。
──── 継続学習という名の継続搾取
多くの社内資格には「更新制度」がある。一度取得しても、定期的な研修受講や試験受験が義務付けられている。
これは継続的な学習を促すという名目だが、実際は従業員からの継続的な時間搾取システムだ。
更新を怠れば資格が失効し、昇進条件を満たさなくなる。従業員は永続的に資格維持に時間を割かざるを得ない。
──── 外部資格との競合
社内資格の滑稽さは、同一分野の外部資格と比較すると明らかになる。
IT分野なら各種ベンダー資格、経営分野ならMBAや中小企業診断士、語学分野ならTOEICや英検。これらの方が遥かに客観性があり、転職市場でも評価される。
しかし企業は、外部資格よりも自社の社内資格を重視する。外部資格は転職に有利だが、社内資格は転職には全く役立たない。これは偶然ではない。
──── 人材流出防止の隠れた目的
社内資格制度の真の目的は、人材育成ではなく人材の囲い込みだ。
社内でしか通用しない資格に時間を投資させることで、従業員の転職を困難にする。外部で評価されるスキルの習得を阻害し、自社への依存度を高める。
これは短期的には人材流出を防げるが、長期的には組織の競争力を削ぐ。
──── 管理部門の自己正当化
人事部や研修部門にとって、社内資格制度は自部門の存在意義を示す重要な材料だ。
「年間1000人が資格を取得」「研修満足度90%」といった数値で成果をアピールできる。しかし、これらの数値は業務改善や売上向上と何の相関もない。
形式的な活動量を成果として報告し、実質的な価値創造から目を逸らす。
──── 本質的スキル向上の阻害
最も深刻な問題は、社内資格制度が本当に必要なスキル向上を阻害することだ。
限られた学習時間を社内資格に割くことで、実際の業務改善や専門技術の習得がおろそかになる。
形式的な資格取得に満足し、実質的な能力向上への意欲が削がれる。これは個人にとっても組織にとっても大きな機会損失だ。
──── 廃止への道筋
社内資格制度の廃止は、既得権益との戦いになる。
研修部門、外部研修会社、そして既に資格を取得した従業員からの抵抗が予想される。しかし、組織の競争力向上のためには避けて通れない改革だ。
代替案として、実際の成果に基づく評価制度、外部資格の取得支援、OJTの充実などが考えられる。
──── 個人レベルでの対処
組織の制度変更を待てない場合、個人レベルでの対処も必要だ。
社内資格は最低限に留め、余った時間を外部資格や実務スキルの向上に充てる。転職市場で評価される能力の習得を優先する。
社内資格システムを利用しつつ、それに依存しない姿勢を保つことが重要だ。
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社内資格制度は、人材育成の名の下に行われる時間とコストの浪費システムだ。真の競争力向上には、実務能力に直結するスキル開発への投資が必要だ。
形式的な称号よりも実質的な成果を、暗記よりも創造性を、社内通用性よりも普遍的価値を重視する組織文化への転換が求められている。
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※この記事は一般的な企業環境における観察に基づく個人的見解です。すべての社内資格制度を否定するものではありません。