社内提案制度という形式的参加システム
社内提案制度は、従業員の創意工夫を活かす優れた仕組みとして語られる。しかし実際は、参加している感を演出するだけの形式的システムに堕している場合が多い。
──── 数値目標という本末転倒
多くの企業で「一人年間X件の提案」という数値目標が設定される。
この瞬間、提案制度は本来の目的を失う。質の高い改善案を生み出すことより、ノルマを達成することが優先される。
結果として「ゴミ箱の位置を変更」「コピー用紙の向きを統一」といった些細な提案が量産される。これらは改善と呼べるほどのインパクトもなく、検討時間の方がコストとして大きい。
評価者も本質的でない提案を承認し続けることになり、システム全体が形式化する。
──── 提案書式という創造性の殺害装置
「背景」「現状」「課題」「解決策」「効果」「実施計画」といった決められた項目を埋める作業は、自由な発想を制約する。
優れたアイデアは往々にして直感的で、論理的説明が困難な場合がある。しかし提案書式は、すべてを論理的に説明することを要求する。
結果として、書式に収まりやすい平凡な提案ばかりが生き残り、革新的なアイデアは初期段階で排除される。
──── 評価委員会という素人審査団
提案の評価は、通常、管理職による委員会で行われる。しかし彼らは必ずしも現場の実情を理解していない。
技術的実現可能性、コスト効果、運用上の課題について、的確な判断ができない委員が評価を下す。専門知識のない人間による素人判断が横行する。
一方で、本当に価値のある提案は、評価者の理解を超えることが多く、「リスクが高い」「実現が困難」として却下されやすい。
──── 実行段階での形骸化
採用された提案も、実際の実行段階でほとんどが骨抜きにされる。
「予算がない」「時期が悪い」「関係部署の調整が困難」といった理由で、実施が先送りされる。最終的に忘れ去られる提案も多い。
提案者は「採用されました」という通知で満足感を得るが、実際の変化は何も起きない。これは一種の偽りの達成感の提供だ。
──── 現場改善の機会損失
本当の現場改善は、日常業務の中で自然発生的に行われる。
しかし提案制度の存在により「改善は提案制度を通じて行うもの」という意識が植え付けられる。結果として、即座に実行できる小さな改善も、わざわざ提案書を作成して承認を待つことになる。
これは改善のスピードを著しく低下させる。機動力のある現場改善が、官僚的プロセスに置き換えられてしまう。
──── 上司への忖度提案
部下は上司が関心を持ちそうな分野の提案を優先的に作成する。
上司の専門領域、過去の発言、会社の方針に沿った「受けの良い」提案が量産される。これは創造性ではなく、忖度能力の競争だ。
真に必要な改善よりも、上司に評価されやすい改善が選ばれる。組織にとって最適ではなく、個人にとって最適な提案が増える。
──── 他部署への越権提案
自分の担当業務以外の改善提案をする社員がいる。一見すると全体最適を考えているように見えるが、実際は無責任な口出しに過ぎない。
他部署の事情を理解せずに「こうすれば良い」と提案することは、現場の複雑さを無視した机上の空論になりがちだ。
一方で、当事者である他部署の社員は、自分たちの業務について外部から指摘されることに反発を感じる。組織内の対立を生む原因にもなる。
──── 提案疲れと諦めの蔓延
年月が経つにつれ、従業員は提案制度に対して冷めた態度を取るようになる。
「どうせ実現されない」「形だけの制度」という認識が広がり、本気で改善を考える人が減少する。代わりに、ノルマをこなすためだけの適当な提案が増える。
優秀な社員ほど、このような形式的作業に時間を割くことを嫌がり、提案制度から距離を置く。結果として、制度の質がさらに低下する悪循環に陥る。
──── 海外企業との比較
シリコンバレーの企業では、アイデアの実現スピードが重視される。
良いアイデアは即座にプロトタイプ化され、小規模テストが実行される。書類による事前承認ではなく、実行による事後検証が基本だ。
日本の提案制度は、この正反対のアプローチを取っている。事前承認に膨大な時間をかけ、実行段階では慎重になりすぎて動きが鈍化する。
──── 本来あるべき改善文化
真の改善文化とは、日常業務の中で継続的に小さな改善を積み重ねることだ。
特別な制度や書類は必要ない。問題を見つけたら即座に対処し、良いアイデアがあれば試してみる。失敗を恐れず、試行錯誤を繰り返す。
このような文化が根付いている組織では、形式的な提案制度は不要になる。
──── 代替アプローチの可能性
提案制度を廃止するのではなく、運用方法を根本的に変える選択肢もある。
書類による提案ではなく、実際の改善実施を評価する。小さな実験を推奨し、失敗を許容する。評価基準を結果ではなくプロセスに置く。
しかし、これらの変革には組織文化の根本的変化が必要だ。
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社内提案制度は、従業員参加の装いを凝らした管理ツールに過ぎない場合が多い。真の改善は、制度の外側で自発的に起きている。
形式的参加よりも実質的参加を、書類による承認よりも実行による検証を重視する組織文化への転換が求められている。
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※この記事は一般的な企業環境における観察に基づく個人的見解です。すべての社内提案制度を否定するものではありません。