天幻才知

社内政治という生産性阻害要因

社内政治は、現代企業における最も深刻な生産性阻害要因の一つだ。しかし、多くの組織がこの問題を「人間関係の問題」として矮小化し、構造的な解決を回避している。

──── 政治化の必然性

組織が一定規模を超えると、社内政治の発生は避けられない。

10人以下の組織では、全員が互いの仕事内容を把握している。評価の基準は明確で、成果も可視化されている。政治の入り込む余地は限定的だ。

しかし50人、100人と規模が拡大すると、個々の貢献度の測定が困難になる。評価者は部分的な情報に基づいて判断せざるを得ない。この情報の非対称性が、政治活動の温床となる。

組織の成長と政治化は、残念ながら表裏の関係にある。

──── 政治活動のROI

優秀な人材ほど、社内政治の「投資効果」を冷静に計算している。

実際の業務で成果を上げるには、専門知識の習得、品質の向上、効率の改善といった地道な努力が必要だ。しかし、その成果が正当に評価される保証はない。

一方で、上司との関係構築、社内ネットワークの形成、自分の功績のアピールといった政治活動は、より直接的で確実なリターンをもたらす場合が多い。

合理的な個人であれば、政治活動に時間を割くのは自然な選択だ。

──── 評価制度の構造的欠陥

多くの企業が導入している人事評価制度は、客観的評価を標榜しながら、実際には主観的判断に依存している。

「360度評価」「コンピテンシー評価」「OKR」といった手法は、科学的な装いを持っているが、その運用は評価者の主観に左右される。

結果として、実際の成果よりも「評価者にどう見られるか」が重要になる。これは政治活動を組織的に奨励しているに等しい。

──── 会議という政治の舞台

現代企業の会議は、意思決定の場ではなく政治パフォーマンスの舞台と化している。

本来30分で済む決定に2時間の会議を費やし、全員が「建設的な意見を述べた」という印象を残すことに注力する。会議の生産性よりも、政治的な安全性が優先される。

「会議のための会議」「承認のための承認」といった無意味なプロセスが増殖するのも、政治的リスク回避の結果だ。

──── 情報の政治的利用

組織内の情報は、業務推進のためではなく政治的優位性の確保のために活用される。

重要な情報の共有は選択的に行われ、情報格差が権力の源泉となる。プロジェクトの進捗、顧客の動向、経営判断の背景、これらすべてが政治的な駆け引きの材料とされる。

本来、情報の透明性は組織効率の向上につながるはずだが、政治化した組織では情報の非透明性こそが権力の基盤となる。

──── 優秀な人材の離脱

最も深刻な問題は、政治的活動を嫌う優秀な人材の組織離脱だ。

技術的専門性が高く、業務に集中したい人材ほど、社内政治に時間を割くことを非効率と感じる。彼らは政治的な駆け引きよりも、純粋に成果で評価される環境を求める。

結果として、政治的な立ち回りが上手な人材が組織内で昇進し、技術的に優秀だが政治を嫌う人材は組織を去る。これは長期的な組織力の低下を意味する。

──── 日本企業の特殊事情

日本企業では、終身雇用制度と年功序列が政治化を加速させている。

転職コストが高いため、組織内での地位向上が個人のキャリア戦略の中心となる。同期入社の同僚との出世競争は、長期間にわたる政治戦の様相を呈する。

また、「和を重んじる」文化が直接的な対立を回避させ、より巧妙で間接的な政治活動を促進している。

──── デジタル時代の新しい政治

リモートワークの普及により、社内政治の形態も変化している。

対面でのコミュニケーションが減少し、メール、チャット、オンライン会議が主要な政治的ツールとなっている。「誰をCCに入れるか」「どのタイミングで発言するか」「画面をオンにするか」といった細かな判断が、政治的なメッセージを含むようになった。

テクノロジーは政治を排除するどころか、新しい政治の場を提供している。

──── 経営陣の責任

社内政治の蔓延は、経営陣のガバナンス能力の欠如を示している。

明確なビジョンの欠如、曖昧な評価基準、不透明な意思決定プロセス、これらすべてが政治的空白を生み出し、個人の政治活動を誘発する。

逆に言えば、強力なリーダーシップと透明なシステムがあれば、政治の影響を最小化することは可能だ。

──── スタートアップという対照例

興味深いことに、多くのスタートアップ企業では社内政治が相対的に少ない。

限られたリソース、明確な目標、可視化された成果、頻繁な方向転換、これらの要素が政治活動の余地を減らしている。生存をかけた競争環境では、政治よりも実績が重要になる。

しかし、スタートアップが成長し、大企業化すると、必然的に政治化の道を辿る。これは組織の宿命かもしれない。

──── 構造的解決の可能性

社内政治を完全に排除することは不可能だが、その影響を最小化する方法は存在する。

評価基準の客観化、情報の透明性向上、短期的な成果重視の人事制度、外部人材の積極登用、定期的な組織改編。

これらの施策は、政治的な既得権益の形成を阻害し、実力主義を促進する効果がある。

──── 個人レベルでの対処法

組織の政治化が避けられない以上、個人としてもそれに対処する必要がある。

完全に政治を無視することは現実的ではない。最低限の政治的感度を身につけながら、本業での成果を確実に上げることが重要だ。

また、政治化した組織に長期間留まることのキャリア的リスクも考慮すべきだろう。

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社内政治は、組織の成長に伴う避けられない副産物だが、その影響を最小化することは経営の重要な課題だ。

政治に時間を奪われる組織は、長期的な競争力を失う。これは単なる効率の問題ではなく、企業の存続に関わる構造的問題として認識すべきだろう。

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※本記事は組織論の一般的分析であり、特定の企業や個人を対象としたものではありません。個人的見解に基づく考察です。

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